その後、だれも質問の手を挙げなかったので、自分が「撮影時においなりさんはポロリしましたか」尋ねた(原文ママ)
数百人がいる会場でマイクを持って初対面の人に、睾丸が露出したのか尋ねるのは生まれて初めての経験だった。今後、このような機会は二度と訪れないだろう。
やはり、激しいアクションのため当然ぽろりすることもあり、撮影しなおしたり、CGで消したりしているそうだ。
しかも、カメラからは見えない角度でぽろりすることがあり、撮影的にはOKでも共演者には丸見えになることも多いという。
しかし、想像以上にそういったアクシデントは少なく、あのV字パンツはハイテク水着と同じ素材でフィット感がものすごいそうだ。
あのパンツの内側には実はカップが入っていて、そのカップもスタイリストが2ヶ月かけて改善し、激しいアクションに耐えられるようになっているという、今後の人生でなんの役にも立たない豆知識が得られた。
「学歴は高いがあまり本を読まないまま大人になり,教養がなく,社会人になってから(あるいは就活あたりから)自己啓発本にハマる」という類の人は,昔からインテリ層における賤民として馬鹿にされ続けてきたのであって,昨今の「意識高い系」disには,名付けの秀逸さを除き特段新しいものはない。
ちんげが光の速さで身体から離れるときにお前の身体がちんげの質量×光速÷体重の数値の速さでちんげと逆の方向に進む。もし太陽をバックにちんげを光の速さで抜いたら一日ほどで太陽に到達できる。この時身体は燃え尽きる。ちんげは光の速さで進んでるのでアインシュタインによれば空間を歪ませてちんげに乗れば周りの時間が遅く見える
「生きているときの彼女は、俺の敵だった。だが、死んだ彼女は俺の敵ではない。俺は彼女の墓の上で踊る気はない」
というジョン・ライドンの発言は、現代の英国の所謂”ザ・レフト”の人びとには評判が良くないようだ。それは、「悪い魔女は死んだ」と歓喜して踊るパーティ・ピープルの士気を盛り下げる言葉だからである。セックス・ピストルズのジョニー・ロットンは、ザ・スミスのモリッシーのようにべたべたに直球のアンチ・サッチャー声明を発表しなかったので、肩透かしだったそうだ。
しかし、わたしには、それがピストルズとザ・スミスというバンドの役者の違いだったように思える。
死人を相手に、勝ち誇ったような顔をしてパーティをしてどうする。
誤魔化されるな。真の敵と戦え。
「生きているときの彼女は、俺の敵だった。だが、死んだ彼女は俺の敵ではない。俺は彼女の墓の上で踊る気はない」
というジョン・ライドンの発言は、現代の英国の所謂”ザ・レフト”の人びとには評判が良くないようだ。それは、「悪い魔女は死んだ」と歓喜して踊るパーティ・ピープルの士気を盛り下げる言葉だからである。セックス・ピストルズのジョニー・ロットンは、ザ・スミスのモリッシーのようにべたべたに直球のアンチ・サッチャー声明を発表しなかったので、肩透かしだったそうだ。
しかし、わたしには、それがピストルズとザ・スミスというバンドの役者の違いだったように思える。
死人を相手に、勝ち誇ったような顔をしてパーティをしてどうする。
誤魔化されるな。真の敵と戦え。
「生きているときの彼女は、俺の敵だった。だが、死んだ彼女は俺の敵ではない。俺は彼女の墓の上で踊る気はない」
というジョン・ライドンの発言は、現代の英国の所謂”ザ・レフト”の人びとには評判が良くないようだ。それは、「悪い魔女は死んだ」と歓喜して踊るパーティ・ピープルの士気を盛り下げる言葉だからである。セックス・ピストルズのジョニー・ロットンは、ザ・スミスのモリッシーのようにべたべたに直球のアンチ・サッチャー声明を発表しなかったので、肩透かしだったそうだ。
しかし、わたしには、それがピストルズとザ・スミスというバンドの役者の違いだったように思える。
死人を相手に、勝ち誇ったような顔をしてパーティをしてどうする。
誤魔化されるな。真の敵と戦え。
初めてパソコン通信に触れたのは20歳のころ・・・
初めて勤めた会社で使っていました。会社の¥なので気にもしなかったのですが、ある日経理部長からお呼びがかかりNTTの請求書を見たところ148000円。始末書を認めました。
27歳のころ自宅でダイアルアップで繋げていて97000円。暫らく妻が目を見て話してくれませんでした。いや~思い出したくない苦い思い出ですね。
愚民思想というのは根強く、「ほんと、日本人ってバカばっかりだよな」という具合に、愚民思想に賛同する人というのは結構存在する。
愚民思想が根強い人気を持っているのは、「人間は自分が批判の対象になっているとは想像もしないものである」という真理が背景にあるように思う。私がこの真理を実感したのは、綾小路きみまろのファンを分析するテレビ番組を見た時だ。
その番組では、「綾小路きみまろのファンは、毒舌ネタのことを他人事だと思っている」という驚くべき事実を告げていた。綾小路きみまろの毒舌ネタは、中高年の哀愁を笑い飛ばす自虐ネタであり、ファン(当然、中高年が多い)もまた、自分自身を笑い飛ばしているものだと私は思っていたのだが、実際はそうではなかった。
番組スタッフが綾小路きみまろの毒舌ネタを見せた後に感想を聞くと、多くのファンが「いるよね、こういう人(笑)」という反応を見せていた。ファンにとって、毒舌は自分自身に向けられたものではなく、あくまでも「自分以外のかわいそうな中高年」を綾小路きみまろと一緒になってイジッている感覚だったのだ。
このような鈍感力は、ベストセラーになった『バカの壁』にも通じる。私はこの本を読んだ時、「はいはい、どうせバカで話が通じなくてすみませんね」と、養老センセイに腹を立てたものだったが(笑)、どうも世間の反応は違ったらしい。
この本を読んだ人の多くは、「いるよね、こういう話の通じないバカ」と、溜飲を下げていたというのを知って、私は軽くショックを受けた。「みんな、よほど自分に自信があるんだな」と半ばうらやましくなったと同時に、「こういう鈍感力を発揮することで、世の中は丸く収まっているんだな」と、アホみたいな当然の事実に気づかされたのだった。
愚民思想も、私なんかはついつい「はいはい、どうせ愚民で何も知らなくてすみませんね」といじけてしまい、「愚民なんて言わせないように勉強してやる」と(勉強が身につくかどうかは別として)単純に考えてしまうのだが、これだけ愚民思想が根強いところを見ると、それなりに多くの人々が自分自身の頭脳と階級性を過信しているらしい。少なくとも為政者は、愚民思想に逃げることなく、有権者の各論の違いをしっかりと考察して受け止めてほしいものである。
上祐「サリン作って炭そ菌作って、自分達も死ぬ思いして、死ぬ恐怖を抱えて革命しようと思った妄想で狂ってる人間たちから見ると、『なんだよ、まだデモしかやってないんでしょ』って。『それで変わるわけないじゃん』って」 正論なんだが、こいつやっぱり危険だわ
歯医者に行ったら、医者がマスクにドラえもんのアップリケを付けてた。
つっこむべきかスルーすべきか迷って
「……可愛いですね」
と言ってみたら、医者が「?」という顔をした後、Σ(゚Д゚)ってなって
一回引っ込んで、普通のマスクに代えて恥ずかしそうに出てきた。
私の前の患者が歯医者嫌いの小さい子で、治療中大人しくさせる為の策だったらしい。
治療が終わった後に会計してたら、歯科衛生士のお姉さんが
「先生ー!次ゆりちゃんです!アンパンマン用意して下さい!」
と叫んでた。
腕がいいのも勿論だけど、近所に何軒か歯医者がある中、
ここだけいつ行っても余所より異様に繁盛してる理由がわかった気がした。